【オールスターの話をしよう#6】もうひとりの主役「プレスアングラー」

1987年からはじまったバサーオールスタークラシック。36回の歴史のなかでさまざまなことが起きた。この連載では歴史や裏話など、オールスターにまつわることをさまざまな角度からお伝えしたい。今回のテーマは「プレスアングラー」。 各選手に一人同乗し、記録や撮影などを行うプレスアングラー。「湖上で起こっていたことのすべてを公開する」を理念に掲げるこの大会ではなくてはならない存在だ。

text & photographs by Basser

編集部佐々木のプレス体験記

この存在がなければバサーオールスタークラシックは成立しない。プレスアングラーのことだ。「プレスアングラーは湖上で何をやっているのか」が今回のテーマだ。この連載ではプレスアングラーを務めていただいた皆様の話を聞いていく予定だが、まずは記者(編集部佐々木)の話にお付き合いいただきたい。

私は一度だけオールスタークラシックのプレスを経験したことがある。編集部にアルバイトとして入って間もない2007年大会のことだ。当時は霞ヶ浦のスポット名もわからなければ、ルアーの名前もあまり知らなかった。まだ「外浪逆浦」が読めなかった。

大会前にやることも多い。プレスアングラーと選手のカップリングは不正防止の観点からスタート直前に決まる。そのため、誰に当たっても困らないよう全選手の情報をある程度知っておく必要がある。顔と名前が一致しなくても審判を務めることは可能だが、投げているルアーや釣りの内容を把握するのは予備知識がないと苦しい。

前日の夜はとても緊張した。当日の朝にプレスと選手の組み合わせが決まり、私はディフェンディングチャンプの河辺裕和さんの担当に決まった。試合のときの河辺さんはピリピリしていることがあると聞いていたので「うっ!」と思ったのを覚えている。河辺さんのボートに乗り込んですぐにその話が間違っていないことがわかった。決して高圧的ではないが、試合中の私のポジションなど必要なことを端的に話すと口を閉ざしまだ暗い霞ヶ浦を見つめる河辺さん。真剣とはこういうことかとまだ22歳だった私はさらに緊張した。

いまだにあのときの不安な気持ちは細かく思い出せる。私は腹痛に悩まされる人生を送っていたので、「試合中にお腹が痛くならないか」ということがとにかく心配だった。お腹が痛くなったら選手と本部に言ってトイレに向かうしかないのだが、試合中に自分のせいでタイムロスになる事態は避けたい。大会前から食事に気を使い、当日も最低限しか食べなかった。今だから言うがオムツを履いて乗船した。お世話にはならずすんだ。

河辺裕和(かわべ・ひろかず):ゲーリーファミリーのボス。オールスタークラシックでは最多勝タイの3勝をあげている。人呼んで「世界一のフットボーラー」。
河辺裕和(かわべ・ひろかず):ゲーリーファミリーのボス。オールスタークラシックでは最多勝タイの3勝をあげている。人呼んで「世界一のフットボーラー」。

プロにも自分たちと同じように苦しい時間がある

スタート後はひたすらメモと撮影である。どこに何を投げているかという情報はもちろん、顔つきやため息、ちょっとした言葉まですべてを書き記した。当時のメモには「『与田浦釣れない〜、つまんない〜』と鼻唄」といったことまで書いてあった。20年近くたった今でもその鼻唄が脳内再生できるということは、あの一日はよほど鮮烈な体験だったのだろう。河辺さんがバスをキャッチしたときは自分が釣ったときよりもはるかに興奮したのを覚えている。同船している選手が釣るかどうかは自分にはどうにもできないことだ。ただ心の中で応援するしかない。そのもどかしさが喜びを増幅させるのだろう。

「プロの技を目撃できる」というのがプレスアングラーの役得のひとつだが、それよりも、「プロにも自分たちと同じように苦しい時間があるんだ」ということを知ることができたのが大きかった。プロだってわからなくなる。困る。それでも何とかする。そういう一連のプロセスに感動した。

一番思い出に残っているシーンを書こう。この日、与田浦(今は禁止エリア)を釣っていた河辺さんだが、ビッグフィッシュに恵まれず、帰着に向かう途中にカワベブレイク(美浦の浚渫跡)に立ち寄った。ただし時間はまったくない。私の計算では釣りができる時間は1分もなかった。河辺さんはフットボールを数投してエレキを上げた。このとき、ヘルメットを着けたままだったことが忘れられない。それを着脱する時間すら惜しんだのだ。自分のなかでトーナメントの面白さに目覚めた瞬間だった。

スタート前は正直怖かった河辺さんだが、釣りを終えた瞬間から一気にほがらかになった。帰着後はちょっとした世間話をしたことも覚えている。 それから20年近くたち、プレスアングラーの皆様にお願いする仕事は複雑になった。メモ、撮影だけでなく、生中継用の動画撮影やLINEによる経過報告、デジタルウエイインなどが加わった。ただ、選手と共有する時間のかけがえのなさはこれからも変わらないと思う。今年もよろしくお願いいたします。

朝と帰着後ではまるで別人のように表情が違った
朝と帰着後ではまるで別人のように表情が違った
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2025-11-17 12:18:13